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知識の倉庫の整理

ここでは今まで学んできたことや考えたことなどを整理、記録していきます

『知識の構造化と知の戦略』━P.F. ドラッカーの「知識に知識をあてる」という発想とは

知識はバラバラでは役には立たない。個別の知識が論理的に接続し体系化して

初めて役に立つ。しかも物事の本質をとらえる構造的情報の抽出がなされねば

ならない。

『知識の構造化と知の戦略』から引用

知識の構造化

最近は試験勉強を兼ねて斎藤雄志さん『知識の構造化と知の戦略』について

読んでいました。


「知識の構造化」という言葉が気になって、今の自分にとって必要かもしれな

いということで購入してみました。


冒頭の引用文はこの本のまえがきの一番最初に書かれていた文章です。確かに

ひとつひとつの知識だけでは役に立つことは少ないでしょう。


結構ボリュームがあるので、まだそんなに読み進めてはいないのですが、自分

のこれまでの知識の中で、今までにない分野を開拓しつつあるなぁと感じてい

ます。


今回はこの本の出だしと、自分の考えについて書いていってみます。

「知識に知識をあてる」という発想はこういうことだったのだろうか

「知識に知識をあてる」という言葉は『知識の構造化と知の戦略』に書かれて

ものではなく、P.F. ドラッカーの『テクノロジストの条件 (はじめて読むドラ

ッカー (技術編))』や『ポスト資本主義社会』に書かれていた言葉です。


この方は『マネジメント』という本で日本で有名な方だと思います。ドラッカ

ーについての詳しい説明は、また機会があればこのブログで書いていきたいと

思います。

既存の知識にもう一段高い知識を加えること

ドラッカーの本を以前読んでみて「知識に知識をあてる」という言葉は自分に

とっては衝撃的な言葉で、今までの自分にはない概念でした。


最初読んだ時は、知識に知識をあてるとは、例えば、今までエクセルで表をつ

くっていたけど、ショートカットキーを覚えたり、会計ソフトの使い方を覚え

たりと、


既存の知識にもう一段高い知識を加えることにより、今までよりもより効率的

に何かができるようになること、といったイメージを持っていました。


しかし『知識の構造化と知の戦略』を読んでみて、そういった考え方では少し

足りないのではないか、と考えるようになってきました。

知識を「部品」と見立てて組み立てていくという発想

以前から、「知識を『部品』として考えるという発想もあるのではないだろう

か」と考えていた時もありましたが、まさに自分が疑問に思っていたことが書

かれていました。


知識をひとつの「部品」と見立てて、それを組み合わせて構築し、ひとつの「

システム」として使うことの有用性について本書には書かれています。


やはりその道を既に進んでいる方というのは存在するものです。

システム思考とメタ知識

一般的に「論理的に考える」とは、ある事象を歪みなく、筋道を立てて考える

、といった意味で使われます。本書ではそういった考え方では物事を進めてい

くうえでは少し足りないと書いています。


自分が読んだ範囲では以下のような感じでまとめています。

  • 論理的に考える (知識と知識の歪みのない結合)

 ↓

  • 構造的に考える (結合された知識同士が体系化され、ある一定のグループと

 ↓        としてまとまったもの)

  • システム的に考える (構造化されたものをより厳密に構築して大規模にした

            もの、といったイメージ)


このブログでは以下の過去記事のように、理解することとは「分けること」「

細分化すること」といった記事を書きました。

しかしまだ足りないのでは?と本書を読んでみて感じました。


細分化した、可視化できるようにした知識をどう構築して、どうやって機能さ

せるかが重要なのだと思います。


本書ではそういった知識を「メタ知識」と呼んでおり、以下のように書かれて

います。

p.i

知識は二重の構造を持っている。1つは個別の事象に関する事実や専門知識な

ど、普通の知識とよぶものである。もう1つは知識や情報を管理・操作するた

めの知識である。これを本書では「メタ知識」と呼ぶことにする。


ドラッカーが言っていた「知識に知識をあてる」とはこの「メタ知識」といっ

たものを言っていたのではないかなぁと思います。


いろいろバラバラにある知識を、集めて、結合して、組み合わせて、構築し

て、機能させて、運用・保守していく、という知識と言えばいいでしょうか。


う~ん、この目に見えない「知識」という世界はまだまだ奥が深そうですね。